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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)3817号 判決 1998年2月23日

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  被告は、原告X1に対し、金一三九三万五六九七円及びこれに対する平成三年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、金三一六万四二七三円及びこれに対する平成二年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告X1と被告との間で生じたものは、これを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余を原告X1の負担とし、原告X2と被告との間で生じたものは、これを一〇分し、その二を被告の負担とし、その余を原告X2の負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告X1に対し、金五二六八万二七九四円及びこれに対する平成三年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告X2に対し、金一六三二万一三六六円及びこれに対する平成二年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告ら

(1) 原告X1

原告X1(以下「原告X1」という。)は、大正○年に台湾で生まれ、昭和一三年ころ日本本土に来てから、各地を転々とした後、昭和三九年に名古屋市内において中華料理店「a」の営業を始め、昭和六二年には日本に帰化した。

現在、原告X1は、中華料理店を原告X1夫婦と長男B(以下「B」という。)夫婦の四人で営業しており、店の年商は約一二〇〇万円、原告X1の年収は約一二〇万円、その妻の年収は約七二万円、B夫婦の年収は約二二〇万円である。

(2) 原告X2

原告X2(以下「原告X2」という。)は、大正○年生まれで、現在、子供は皆独立し、妻と二人暮らしであり、一年間に、賃料約一四〇〇万円及び夫婦の年金約四四〇万円の収入があるが、一方、住宅金融公庫からの借入金があり、年間六〇〇万円ずつ返済している。

(二) 被告

被告は、証券業等を目的とする株式会社であり、大正一四年に設立された。

2  ワラント

(一) ワラントの定義

ワラントとは、新株引受権証券のことであり、分離型ワラント債(新株引受権付社債)のうち、ワラント部分(新株引受権証券部分)を分離したものであり、予め決められた期間内(権利行使期間内)であれば、ワラント発行会社に一定の価格(権利行使価格)で新株の発行を請求する権利を保証するものである。

(二) ワラント取引が認められた経緯

新株引受権付社債は、昭和五六年の商法改正によりその発行が認められたが、分離されたワラントは、従来、日本国内では馴染みのない新しい証券であるから、不慣れな証券会社や投資家は流通市場の受入態勢が整備されるまで取引すべきでないとして、国内では発行や持込みが禁止されていた。

昭和六〇年一一月になって、分離型ワラント債の国内発行が認められ、昭和六一年一月から外貨建ワラント(外国で外貨建で発行されるワラント)の国内持込みが解禁となり、国内でもワラントの取引が行われるようになった。

ワラント自体は、ユーロ債集中振替決済機構に保管されて顧客には預り証が交付されるだけである。

(三) ワラントの商品構造

(1) 権利行使期間

権利行使期間は、ワラント債の発行時に定められるが、社債の満期償還日あるいはその前の一定日とされ、発行後四年間ないし五年間とされるものが多い。

(2) 権利行使価格

権利行使価格は、通常、ワラント債の最終発行条件決定時の当該ワラント銘柄の株価の一〇二・五パーセントと定められる。ただし、ワラント起債後の株式分割や公募発行による発行株式数の増加により調整されることがある。

(3) 一ワラントの権利行使による取得株式数

一ワラントの権利行使による取得株式数は、券面金額(外貨建の場合は発行条件決定時の為替レートで円に換算する。)を一株の権利行使価格で除することにより算出される。

(4) 権利行使

ワラントを権利行使するには、新たに、権利行使価格に取得株式数を乗じた株式取得代金を発行会社に払い込まなければならない。

したがって、当該ワラント発行会社の株価が、権利行使価格と取得株式数一株当たりのワラント購入コストとの合計額を上回らなければ、投資家には権利行使するメリットが存しないことになる。

(四) ワラント取引の危険性

(1) 権利行使期間徒過の危険性

現在株価が権利行使価格を下回った場合、証券市場で安く購入できる株式をあえてワラントを権利行使して購入するメリットはなく、現在株価が権利行使価格を上回らないままの状態で経過すると、ワラントの価値は次第に低下し、権利行使期間を徒過してしまうとワラントは無価値になる。

(2) 為替変動による危険性

外貨建ワラントの取引は、ワラント購入時とワラント売却時の為替相場の変動による影響を受ける。

(3) 価格形成が不透明なことによる危険性

外貨建ワラントは、国内の証券取引所には上場されていないから、国内の証券市場では取引することができず、実際には、証券会社が、顧客との間で自ら売主となって手持ちのあるいは他から調達したワラントを顧客に売り付け、又は、自ら買主となって顧客のワラントを買い付けるという利益相反の可能性を有する店頭での相対取引がほとんどである。

ユーロドル建ワラントの気配値は、当初は証券会社の店頭に掲示されるのみであった。平成元年五月一日から日本証券業協会が特定の銘柄についてその気配値を発表するようになり、平成二年九月二五日から、日本相互証券株式会社で行われるワラントの業者間取引の前日の中値(売値と買値を平均した中間値)が、日本経済新聞等の経済・金融・証券専門紙に掲載されるようになったが、一般全国紙には現在でも掲載されていない。

3  取引の経緯

(一) 原告X1の取引について

原告X1が株式取引を始めたのは、昭和六〇年ころのことで、寿証券株式会社西山支店において現物取引及び信用取引を平成元年九月ころまで妻の名義で行い、当初約一四〇〇万円の投資資金を約四〇〇〇万円にまで増やしていた。

原告X1は、知人の亡C(以下「亡C」という。)にワラント債の話をしたことがきっかけとなって、平成元年八月下旬ころ、亡Cの紹介により、自宅に被告名古屋支店の従業員D(以下「D」という。)の訪問を受け、どういう株を持っているかという世間話をした後、ワラントの話をした。Dは、原告X1に対し、ワラントはワラント債と似たようなもので、期限は五年であり、好みの銘柄を選ぶことができるなどと説明した。

同年九月一日の二、三日前、Dは、原告X1に対し、電話で「日本軽金属の新発のワラントがあります。間違いなく儲かります。」、「私に任せてください。」、「私が売れといったら手放してくださいよ。」、「ところでX1さんにはどのくらいの資金がありますか。」などと述べてワラント取引を勧誘した。

原告X1は、寿証券株式会社より被告の方が信用できると思い、老後の蓄えを得るために、Dの勧誘に従い日本軽金属ワラントを一〇〇ワラント購入することを電話で承諾した。

原告X1は、同月初めころ、被告の東京本社から、ワラント取引についての書類を郵送され、署名押印して返送することを求められたが、書類の意味がよくわからず放置していたところ、その二、三日後にDから、電話で「早く判を押して送り返してもらわなければ大変なことになりますよ。」とせき立てられ、書類の意味のわからないまま、これに署名押印して返送した。

その後、原告X1は、被告との間で、別紙売買取引一覧表一の1ないし3記載のとおりワラントの取引を行った。

右ワラント取引のうち、平成元年一一月二日の神戸製鋼所ワラントの買付けまでは、Dの勧誘によるものであり、原告X1は、Dから、「新発のものですから儲かります。」「現金がなければ持ち株を処分して買いなさい。」「利益が上がっているので逃げた方がよいから売りなさい。」「○○を売って、○○に乗り換えた方がよい。」などと電話で勧められるままに各ワラントを購入した。

同年一一月、原告X1は、亡Cと共に、被告のワラント説明会に出席したが、ワラント購入の勧誘をされるばかりであった。

Dは、同年一一月に転勤し、被告の担当者は、同月二〇日の東芝ワラントの買付けからE(以下「E」という。)となった。

Eは、原告X1に対し、強引にワラントの売買を勧誘し、平成二年五月二五日の雪印乳業ワラントの買付けの際には、「誠備グループの仕手がはいっているから、間違いなく超短期で利が出る。」、同年六月一二日の鈴木自動車ワラントの買付けの際には、「鈴木自動車はPERが低いから間違いなく値上がりする。」、平成三年四月三〇日のユニーワラントの買付けの際には、「ユニーは新発ものだしPERも低いから、しばらく持っていれば倍以上にはなる。」などと述べて、原告X1に各ワラント取引を行わせた。

(二) 原告X2の取引について

原告X2は、昭和五五年ころから被告との取引を開始し、老後の生活のための貯蓄として、二〇万円ないし三〇万円の余裕資金ができると被告金山支店において中期国債ファンドを購入するようになり、その後、同支店の店頭で被告の担当者から勧められるままに、割引債、株式、金預金、転換社債等の取引も行うようになった。

平成元年五月から、被告の担当者は、F(以下「F」という。)になった。原告X2は、平成二年三月、Fから、転換社債の購入を勧められ、これに従ったが値下がりして損失を被り、原告X2は、Fに対して抗議した。

Fは、同年五月、原告X2に対し、電話でワラント取引を勧誘し、ワラントについて「転換社債や金預金は定期預金並の利益しか出ないが、これは損が早く取り戻せる。」「株式に換えられるもので、絶対に儲かる商品だ。」「大口の取引をしている人にしか勧めない特別の商品で、私もあなただから勧めるんだ。絶対に儲かります。」などと述べたが、ワラントの内容、仕組みについてはほとんど説明をしなかった。

原告X2は、Fがワラント取引によって利益が出ることを強調したため、ワラント取引を行えば容易に損失が取り戻せるという気持になり、同月一一日三菱瓦斯化学のワラントを購入した。

その後、原告X2は、被告との間で、別紙売買取引一覧表二記載のとおりワラントの取引を行った。

Fは、平成二年一二月に転勤し、被告の担当者は、同月からG(以下「G」という。)となった。Gは、同月六日、原告X2に対し、トーメンワラントの購入を勧め、原告X2はこれに応じた。Gも原告X2に対しワラントについて説明することをせず、原告X2が保有するワラントの状況について連絡することを怠った。

4  被告の不法行為

(一) 説明義務違反

ワラントとは新株引受権証券であり、外貨建のものと円建のものがあり、外貨建のものは為替変動による危険性がありうること、ワラントには権利行使期間があり、期間を過ぎると無価値な紙屑となること、権利行使価格も決まっており、権利行使のためには代金を払い込む必要があること、権利行使価格は発行時の株式価格よりも高く決められており、株式の時価が権利行使価格以上に値上がりしないと権利行使の意味はないことなどが商品の基本的特性であるところ、証券会社の従業員としては、これらについて顧客によく説明し、ワラントの仕組みとリスクについて十分理解してもらってからでなければ購入させてはならないものである。

しかるに、被告従業員らは、これらについて全くあるいはほとんど説明することなく勧誘し、原告らに本件各ワラントを購入させたものである。

(二) 虚偽表示、誤解を生ぜしめるべき行為

虚偽の表示をし又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をする行為は、本件ワラント取引当時の証券取引法五〇条一項五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号によって禁止されている。

しかるに、Dは、原告X1に対して、「ワラント債と似たようなものです。」と述べ、Fは、原告X2に対して、「大口の取引をしている人にしか勧めない特別の商品で、私もあなただから勧めるんだ。」と述べるなど違法な勧誘を行った。

(三) 断定的判断の提供

証券取引法五〇条一項一号は、有価証券の売買に関し、有価証券の価格が騰貴することの断定的判断を提供して勧誘する行為を禁止している。

しかるに、DやEは、原告X1に対して、「新発のワラントがあります。間違いなく儲かります。」、「誠備グループの仕手が入っているから間違いなく超短期で利が出る。」、「鈴木自動車はPERが低いから間違いなく値上がりする。」、「ユニーは新発ものだしPERも低いから、しばらく持っていれば倍以上にはなる。」などと断定的判断を提供して、取引を勧誘した。

Fは、原告X2に対して、「株式に換えられるもので、絶対儲かる商品だ。」、「これは転換社債と違い、絶対儲かる。大口の取引をしている人にしか勧めない特別の商品で、私もあなただから勧めるんだ。絶対に儲かります。」などと断定的判断を提供して、取引を勧誘した。

(四) 適合性の原則違反

本件ワラント取引当時、大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号)には、「投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること。特に、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する勧誘については、より一層慎重を期すること。」と定められていた(適合性の原則)。

右は、証券会社従業員が顧客を勧誘する際の大原則ともいうべきものであるところ、被告従業員らが勧誘した原告らはワラントのような危険な取引を全く望んでいなかった高齢者であることからすれば、被告従業員らが原告らに対してワラントの勧誘をしたことは、適合性の原則に違反する。

(五) 一任売買、過当売買

一任売買とは、証券会社従業員が、顧客から、証券の売買取引について、売買の別、銘柄、数量及び価格の決定を一任され、顧客の計算でこれを行うものである。一任売買においては、顧客の意思が反映されない反面において、証券会社従業員が顧客の勘定に対する支配権を有することになり、右支配権を乱用し、数量・頻度において過度な取引が行われがちであることから、本件ワラント取引当時の証券取引法一二七条、昭和二三年七月二四日証券取引委員会規則「有価証券の売買一任勘定に関する規則」(昭和六三年大蔵省令第三六号により「有価証券の取引一任勘定に関する規則」と改正。以下「一任勘定規則」という。)及び昭和三九年二月七日蔵理九二六号理財局通達「有価証券の売買一任勘定取引の自粛について」(以下「自粛通達」という。)等によって規制されてきた。

本件ワラント取引においては、その時点でその銘柄を買うということについて原告らの判断がほとんどなく、実質的にはすべて被告従業員らがこれらを決定しており、一任売買そのものである。

DやEは、原告X1に対して、「私に任せてください。」、「私が売れといったら手放してくださいよ」、「○○を売って、○○に乗り換えたほうがよい。」などと言って、買ったらすぐ売る、売った日にまた買うという具合で、頻繁に買換えを繰り返している。

Fも、原告X2に対して次々と買増しをさせている。

5  責任

被告は、被用者D、同E、同F及び同Gの故意又は過失に基づく右違法行為により、原告らに対し、後記6の損害を与えたものであるから、民法七〇九条、七一五条により、原告らの損害を賠償する責任を負う。

6  原告らの損害

(一) 原告X1の損害 五二六八万二七九四円

(1) 本件ワラント取引による損害 四七六八万二七九四円

原告X1は、前記の不法行為によって、別紙売買取引一覧表一の1ないし3記載のとおり、合計四七六八万二七九四円の損害を被った。

(2) 弁護士費用 五〇〇万円

(二) 原告X2の損害 一六三二万一三六六円

(1) 本件ワラント取引による損害 一四三二万一三六六円

原告X2は、前記の不法行為によって、別紙売買取引一覧表二記載のとおり、合計一四三二万一三六六円の損害を被った。

(2) 弁護士費用 二〇〇万円

7  よって、原告X1は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、五二六八万二七九四円及びこれに対する最後の不法行為の日である平成三年四月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告X2は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、一六三二万一三六六円及びこれに対する最後の不法行為の日である平成二年一二月六日から支払済みまで右同率の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は否認し、同(二)の事実は認める。

2  請求原因2(一)の事実は認める。

同(二)の事実は、国内でワラントの発行や持込みが禁止されていた点を除き認める。

同(三)の事実は認める。

同(四)の事実中、現在株価が権利行使価格を下回る場合ワラントを権利行使するメリットはないこと、ワラントが権利行使期限の経過後にはその価値を失うこと、外貨建ワラントの購入には購入時の為替相場で換算した円貨を用意する必要があること、外貨建ワラントは外国証券であるから、国内の証券市場では取引できず、外国取引か国内の証券会社と顧客の相対取引を行うことになることは認めるが、その余は否認する。

3  請求原因3の事実中、原告X1と被告間の取引は平成元年九月に始まったこと及び当時の担当者がDであったことは認め、その余は否認する。

4  請求原因4ないし6の事実は争う。

三  被告の主張

1  原告X1について

(一) 原告X1は、平成元年八月、亡Cからワラントの話を聞き、ワラントの売買をするために亡Cを通じて被告との取引を開始した。

Dは、最初に、取引説明書とワラント価格表を持参して原告X1宅を訪れ、原告X1に対し、取引説明書を用いて、ワラントが社債部分と分離しているものであり、行使価格と行使期限が決まっており、行使期限が経過すると無価値となること、株価が上下したときにワラントの価格はより大きく上下することなどを具体的な数値を示して約二時間にわたり説明し、ワラント価格表に記載されていた一部の銘柄については、パリティーや清算金額を実際に計算して見せた。

(二) Dは、右の最初の訪問後、原告X1が最初に日本軽金属のワラントを購入するまでに更に二回原告X1宅を訪問している。

二回目の訪問の際には、原告X1の長男Bも同席した。その際Dは、Bから具体的銘柄のプレミアムに関する質問を受けて回答している。また、Dは、原告X1に対し、「ワラントは比較的価額が安くて、行使期限が長く、また株の上昇する可能性の高いものがいい。」と実際に購入する銘柄を選ぶ基準も教示した。

三回目の訪問の際には、Dは、原告X1に対し、前回の訪問以降今回の訪問までの約一週間に、具体的なワラントの銘柄が実際にどのように変化したか説明した。

また、原告X1は、最初のワラント購入時に被告から取引説明書の交付を受けており、Dの説明と併せ、ワラントの特質及び危険性について十分に理解し、ワラントと社債が異なるものであることを知っていた。

(三) 原告X1は、本件ワラント取引に先立ち、信用取引を含む長期にわたる投資経験があり、自己の判断で取引をする能力を十分に有しており、一方、D及びEは、原告X1及びBに対しワラント価格表を送付し、原告X1と面会した際にはその都度ワラントの価格を知らせるなど情報を提供していた。

原告X1は、株式相場の状況が良いときには反復してワラント取引を繰り返し、右状況が悪くなると取引をやめている。また、原告X1は、Bと相談の上、D及びEの勧誘に応じていた。

(四) 原告X1は、中華料理店を経営し、信用取引の経験を有するなど有価証券投資に関心が高く、資金力及び合理的な判断力を有する経済人である。原告X1は、本件ワラント取引においても、自ら被告に対し取引を希望し、一〇〇〇万円以上の単位で取引をしており、本件取引について適合性を有する。

2  原告X2について

(一) 原告X2は、被告及び国際証券株式会社を含む複数の証券会社と取引を行ったことがあり、主体的に証券取引を行っていた。

原告X2は、有価証券の取引を始めた当初は投資信託等の安定的な取引をしていたものの、株式市場の好況につれて次第にその投資金額を増大させた。そして、株式の値下がりにより損失を被ったこともあったが、より大きな利益を求めるようになった。

原告X2は、被告との本件ワラント取引に先立ち平成元年七月から、国際証券株式会社との間でワラント取引を開始しており、その際、同会社の担当者からワラントについて概括的な説明を受けている。

そして、平成二年五月には三菱電機のワラントを売却した際に、損失を生じており、ワラントの危険性を認識していた。

(二) Fは、被告金山支店店頭において、原告X2に対し、ワラントが新株引受権であり、取引所に上場されておらず店頭取引の形で売買されること、株価とほぼ連動して上下し、株価に比べるとワラントの方が変動率が大きいこと、行使価格と行使期限が決まっており、行使期限を過ぎると無価値となること等の説明を約二〇分ないし三〇分行った。Fは、原告X2が来店した際、原告X2に対し、具体的な銘柄を推奨した機会とは別の機会に、また、そうした銘柄推奨に先だって、ワラントの商品性、リスク等について十分説明をしており、原告X2はワラントについて十分理解していた。被告は、原告X2に対し、平成二年五月一四日以前にワラント取引説明書を交付している。

したがって、原告X2は、被告との本件取引開始時には、ワラントについて、割引債との違いは理解していたし、その価格変動の特性によるハイリスク、ハイリターン性及び権利行使期限が経過すると無価値となることを知っていた。

(三) 原告X2は、年商約一億七〇〇〇万円の衣料品店の元経営者であり、不動産を有するほか、年収も一四〇〇万円以上であり、ワラント取引をするのに十分な資金力を有していた。また、原告X2は、証券取引に関心が高くその経験も豊富で、主体的に投資判断をする能力ももっていたのであるから、本件ワラント取引について適合性を有する。

四  被告の主張に対する認否

すべて否認し、若しくは争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)のうち、(二)の事実は当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第二、第三号証、原告X1及び原告X2(第一回)各本人尋問の結果によれば、(一)の事実が認められる。

二  同2(ワラント)のうち、(一)及び(三)の事実は当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第一三号証の一ないし三、第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、同(二)及び(四)の事実中、国内におけるワラントの発行や外貨建ワラントの国内持込みは、解禁前は証券業界の自主規制により禁止されていたこと、ワラントは権利行使期間を徒過すると無価値となること、ユーロドル建ワラントの気配値は、当初は証券会社の店頭に掲示されるのみであったが、平成元年五月一日から日本証券業協会が特定の銘柄についてその気配値を発表するようになり、平成二年九月二五日から、日本相互証券株式会社で行われるワラントの業者間取引の前日の中値が日本経済新聞等の経済・金融・証券専門紙に掲載されるようになったが、一般全国紙には現在でも掲載されていないことが認められ、同(二)及び(四)の事実中のその余の事実は当事者間に争いがない。

三  同3(取引の経緯)について

1  原告X1の取引について

前掲甲第二号証、いずれも成立に争いのない甲第二六号証の一ないし六、第三三、第三四号証、第三五号証の一ないし六、第三六号証の一、二、第三七号証の一ないし六、第三八号証の一ないし一三、第三九ないし第四一号証、乙第三、第四号証、第八号証の一ないし五、第一四号証の一、二、第一五ないし第一七号証、第一八号証の一ないし三、第三二ないし第三四号証、第五二号証、証人D、同E、同Bの各証言及び原告X1本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告X1は、昭和六〇年ころから寿証券株式会社において約一四〇〇万円分の資金で株式の現物取引を開始し、その後信用取引にも手を染め、株価の上昇傾向が継続する相場展開の中で、平成元年八月ころまでには投資資金を約四〇〇〇万円に膨らませていた。

(二)  原告X1は、平成元年八月ころ、ワラントについて興味を持ち、亡Cから被告の従業員Dを紹介された。Dは、八月下旬に原告X1宅に赴き、原告X1に対し、ワラントの概要を説明した上その取引を勧誘したが、ワラントの価格変動の特性、権利行使期限を経過したときの効果について十分に説明しなかった。その際、Dは、原告X1に対して、ワラント取引説明書を使って説明することはせず、その交付も行わなかった。

原告X1は、Dからワラントに関する説明を受けたものの、ワラントとワラント債の違いを理解せず、権利行使期限についても債券の償還期限であると誤解して、被告が日本一の規模を誇る証券会社であることを信用し、最初の投資金額は多い方がよいというDの勧めに従って、寿証券株式会社の妻名義の株式も処分して約一六〇〇万円を用意し、平成元年九月一日、日本軽金属のワラントを購入した。

当時Dは、原告X1の長男Bに対してもワラント取引の勧誘をし、同人とも取引を開始した。Bは、Dに対し、ワラント価格表の提供を求め、その内容について質問するなどして、権利行使期限が経過するとワラントが無価値となることを理解し、また新規発行のワラントのみを購入する約束をするなど、ある程度自己の判断でワラントの取引をすることが可能であったが、Dは、Bに対する勧誘の当初、プレミアムが期待値であって計算上確定できるものでないのにかかわらず計算機で計算できるもののように説明するなど不誠実な対応をしたことから、Bと対立したことがあった。そのとき、原告X1は、Bに対し、取引には信用が大事だという意見を述べてDを擁護し、被告を盲目的に信頼する姿勢を見せていた。

その後、原告X1は、原告X1と同時期に被告とのワラント取引を行っていたBとワラントの売買について特に相談をすることはなかった。

原告X1は、初回のワラント購入の後、被告から取引報告書を受け取ったが、銘柄、ワラント数、金額程度の確認をしたのみに終わった。また、原告X1は、被告から被告作成のワラント取引説明書、ワラント取引に関する確認書(乙第四号証)、外国証券取引口座設定約諾書(乙第一五号証)等の書類の送付を受け、これらを放置していたところ、Dから督促の電話を受けてせきたてられたため、書類の内容の意味が理解できないまま、同年九月三日、右確認書及び約諾書に署名押印して被告の東京本社に返送した。

そして、原告X1は、別紙取引一覧表1記載の通り、被告との間でワラント取引を行った。原告X1は、同年一一月ころ、被告が主催したワラント説明会に亡Cと共に出席したが、被告から取引の勧誘を受けるばかりで、ワラントの内容を理解することはできなかった。

原告X1は、Dとの取引期間中は、損失を被ったこともあったものの、当時の株式市場の好況に乗り、総じて利益を上げていた。

(三)  Dは平成元年一一月下旬に転勤し、被告の担当者はEに代わった。

Eは、原告X1に対しDよりも強引な勧誘を行い、原告X1はEの勧めるままにワラントの売買を繰り返した。しかし、折からの証券市場の悪化もあって、Eの勧誘する取引は損失を生ずる場合が多く、その額も多大となって、原告X1の心労はつのり、平成二年の六月には胆石と急性脾臓炎のため入院したこともあり、原告X1は、その後しばらくワラントの取引を行わないようになった。

平成三年四月になり、原告X1は、Eから、残存行使期間が短くなってきた全日本空輸、日本精工、雪印乳業、鈴木自動車の各ワラントを売却して、権利行使期限が四年後であり行使価格も当時の株価とほぼ同じであるユニーの新発ワラントを購入すれば値上がりする可能性が大きいという理由で買換えを勧められた。原告X1は、この当時にはワラントが社債とは異なる危険性を有するものだということを認識していたが、当時累計で三〇〇〇万円余に上っていた損失を取り戻すためにはEの勧誘に従うほかないと考え、これに応じた。

しかし、ユニーのワラントも値下がりする一方で、原告X1は、助言を求めた弁護士の勧めにより、これを平成五年八月二五日に二六一万〇九九四円で売却せざるを得なくなった。

(四)  D及びEは、原告X1の了承を得た上で、本件ワラント取引にかかる売買を実行したものであり、原告X1に無断で右売買を行ったことはなかった。

原告X1は、一介の中華料理店主である自分が日本一の証券会社である被告を相手に取引をすることに誇りを感じ、被告を信用してD及びEの勧めるままにワラントの取引を行なった。

原告X1は、被告から、取引開始後、保有するワラントの時価評価の通知を定期的に受領していた。

以上の通り認められ、証人Dの証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、信用することができない。

2  原告X2の取引について

前掲甲第三号証、いずれも成立に争いのない甲第一七、第一八号証、第一九号証の一ないし三、第二〇号証の一ないし三、第二一号証の一ないし五、第二二号証、第二三号証の一ないし五、乙第五、第六号証、第九号証の一ないし一〇、第一九ないし第二二号証、第二三号証の一ないし八、第二四ないし第三〇号証、第三五ないし第四五号証、第四六号証の一ないし三、第四八ないし第五〇号証、証人F、同Gの各証言及び原告X2本人尋問の結果(第一回ないし第三回)によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告X2は、昭和二七年ころから駄菓子屋の営業を開始し、昭和三五年ころ営業目的を衣料品の販売に変更し、昭和三七年には株式会社bを設立して、従業員約一〇名を擁し、最盛期には売上高が一億七〇〇〇万円に達する企業経営者となったが、昭和六三年に右会社経営を他に譲渡し、その後は自己の所有するマンションの賃貸等によって生計の資を得ていた。

(二)  原告X2は、昭和五六年ころから、被告を通じて中期国債ファンドや割引債を購入するようになり、以前保有していた株式を被告に預け、被告において株式取引を行うこととした。

その後、原告X2は、昭和六一年ころからの株式取引のブームに乗って、株式取引を頻繁に繰り返すようになったほか、金預金や転換社債の取引も始めた。

原告X2は、平成元年七月からは国際証券株式会社との間でワラントの取引を始めたが、国際証券株式会社の担当者からワラントについて十分な説明を受けることがないままワラントの売買を繰り返していた。

また、原告X2が購読する新聞は一般紙である中日新聞で、経済の専門紙ではなく、原告X2の証券取引に関する知識は十分とはいえなかった。

(三)  平成元年五月ころから原告X2との取引を担当するようになった被告従業員Fは、原告X2に対し、レプソル、ドイツ銀行、ポリグラム等の外国株の購入を勧めるなど積極的な取引の勧誘をしていたが、平成二年三月に入り中部電力等の転換社債の購入を勧め、原告X2がこれに応じて転換社債を購入したところ、平成元年末からの証券市場の下落傾向の中で、原告X2は損失を被ることとなった。

そして、Fは、原告X2に対し、平成二年四月ころ、それまでの損失を回復する手段として投資効率の高いワラントの取引を勧めた。Fは、原告X2に対するワラントの勧誘において、ワラントについてワラントの価格は株式の価格の変動に影響されること等の説明をしたが、その説明の仕方は、ワラントの仕組み、危険性を明らかにするというより、ワラントがハイリターンを得られる可能性があることを強調するものであり、ワラント取引説明書を使用することもなく、またその交付もしなかった。

原告X2は、Fの説明を聞いて、ワラントが割引債や転換社債と違い権利行使期限を経過すると無価値となるハイリスクを伴う商品であることを理解しないまま、被告との取引を承諾し、同年五月一一日、三菱瓦斯化学ワラントを購入した。

原告X2は、右ワラント購入後の同年五月一四日、その売却代金の清算のため被告金山支店に赴いたところ、被告の従業員からワラントの取引に関する確認書(乙第六号証)を示され、手続の事務上必要であると言われ求められるままに右確認書に署名押印した。

原告X2は、被告の担当者がFであった間に、別紙取引一覧表2記載のとおり、平成二年一〇月二三日のグンゼワラントの買付けまでを行ったが、いずれも、Fの勧める銘柄を購入したものである。

原告X2は、平成二年五月末、国際証券株式会社との取引において三菱電機のワラントが値下がりして損失を被ったときも、ワラントの危険性を理解せず、同社及び被告とのワラント取引を継続した。

(四)  Fは平成二年一一月に転勤し、被告の担当者はGに代わった。Gは、原告X2に対し、トーメンのワラントが買値の半値以下に落ちているので、買値の平均値を更に下げるために、右ワラントを更に二五ワラント購入することを勧めたが、原告X2は、値下がりを警戒して二〇ワラントのみを購入した。

その後は、Gが原告X2に対しワラントの購入ないし売却を勧誘することはなかった。

平成三年二月末、グンゼワラントの相場が買値を上回った時期があったため、Gは、原告X2に二、三度電話をしたが、原告X2が留守のため連絡がつかずに売却の機会を逸した。

(五)  原告X2は、被告との取引中、三菱瓦斯化学及びアサヒビールのワラントについては、短期間の売買で利益を得たものの、トーメン、日本通運、グンゼの各ワラントの取引においては、損失を生じ、これを取り戻すすべもなく権利行使期間を経過し、右各ワラントは無価値となった。

F及びGは、原告X2の了承を得た上で、本件ワラント取引にかかる売買を実行したものであり、原告X2に無断で右売買を行ったことはなかった。

原告X2は、平成二年六月初め以降、定期的に、被告から保有するワラントの時価評価の通知を受け取っていた。

以上の通り認められ、証人Fの証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、信用することができない。

四  同4(被告の不法行為)について

1  一般に、証券取引は、その価格が政治、経済情勢等に伴って変動するという、それ自体リスクを伴う取引であって、証券業者が顧客に対して提供する情報等は、不確定な要素を含む将来の見通しに依拠せざるを得ないのが実情であるから、投資家としては、取引を行う以上、投資家自身において、自ら収集した情報や証券業者から提供された情報等を参考にして、当該取引の特質や、危険性の有無、当該危険に耐えうる財産的基礎の有無等を判断し、自らの責任において行うのが原則であり(自己責任の原則)、この原則は本件のようなワラント取引においても等しく妥当するものというべきである。

しかし、このように証券取引が投資家の自己責任で行われるべきであるということは、証券会社の行う投資勧誘がいかなるものであってもよいことを意味するものではなく、証券会社が、証券及び証券取引に関する詳細な知識と豊富な経験を有し、必要な情報の収集、分析及び評価をする能力を持っていて、他方、多数の一般投資家が証券会社の推奨、助言等を信頼して証券取引を行っている現状にあることからすれば、証券会社の助言等を信頼して証券取引を行う投資家の保護を図る必要があり、証券会社は、投資家に対し証券取引を勧誘するに当たっては、当該証券取引の内容や危険性に関する的確な情報を提供し、投資家がこれについての正しい理解を形成した上、その自主的な判断に基づいて当該証券取引を行うか否かを決することができるように配慮すべきものといわなければならない。

そして、本件ワラント取引当時の証券取引法四九条の二が、「証券会社並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない。」と規定し、また同法五〇条一項一号、五号(五号は、平成四年法律第七三号により同項六号となった。)、証券会社の健全性の準則等に関する省令(昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号)一条一号(平成三年一二月二六日大蔵省令第五五号により、二条一号となった。)が、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生じせしめるべき表示等を禁止し、本件ワラント取引当時の大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号。同通達は平成四年に廃止されたが、その内容は証券取引法五四条一項に明文化された。)が、投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力に最も適合した投資が行われるよう十分配慮し、特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する勧誘についてはより一層慎重を期することを要請し、また、公正慣習規則第九号が、証券会社はワラント取引等に係る契約を締結しようとするときは、当該顧客に対して、所定の説明書を交付するとともに、当該取引の概要、取引に伴う危険性等について十分に説明し、顧客の判断と責任において当該取引を行うものであることの確認書を徴求すべきものとしていることも、右と同様の趣旨を明らかにしたものということができる。

もっとも、これらの法令、規則等は、公法上の取締法規ないしは営業準則としての性質を持つに過ぎないものであるから、これらの規定に違背した証券会社の顧客に対する投資勧誘等が私法上も直ちに違法となって、不法行為を構成するものではないが、右にみたような証券取引の特質や特殊性に照らせば、証券会社又はその使用人は、投資家に証券取引を勧誘する場合には、投資家の証券会社に対する信頼を保護すべく相当の配慮が要請されるのであり、投資家が当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げるような虚偽の情報、誤解を与えるような情報、断定的判断等を提供してはならないことはもちろん、適合性原則を踏まえて投資家の意向やその財産状態、投資経験に照らして明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負うことがあるというべきであるし、また、商品内容が複雑でかつ取引に伴う危険性が高い証券取引を一般投資家に勧誘する場合には、当該商品の周知度が高い場合や勧誘を受ける投資家が当該取引に精通している場合を除き、信義則上、投資家の意思決定に当たって認識することが不可欠な当該証券の概要及び当該取引に伴う危険性について説明する義務を負うものというべきであり、証券会社又はその使用人がこれに違背したときは、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態、投資経験その他の当該取引がされた具体的状況の如何によっては、私法上も違法と評価され、右証券会社は、顧客がこのような違法な投資勧誘に応じたことにより生じた損害について、不法行為に基づく賠償義務を負うことがありうるものと解するのが相当である。

2  そこで、本件について、被告に原告ら主張の義務違反があったか否かについて検討する。

(一)  原告X1について

(1) 説明義務違反について

前記認定のとおり、ワラントは、当時国内で取引が開始されて間もないものであって、周知度が低く、その特殊性により、取引には相当の危険が伴うものであった。

そして、原告X1の年齢及び職業等についてみるに、原告X1は、大正○年生まれで、被告におけるワラント取引開始当時は六九歳であり、家族を従業員とする中華料理店の経営によって生計を立てていた。

次に、原告X1の投資経験についてみると、原告X1は、昭和六〇年ころから株式の現物取引を始め、信用取引にも手を染め、当初約一四〇〇万円の投資資金を約四〇〇〇万円までに膨らませていたが、その要因は当時の好調な相場に乗ったことであった。また、原告X1は、原告X1と同時期に被告とのワラントの取引を行っていたBとワラントの売買について特に相談をすることはなく、ワラントについて知識を深めることはなかった。

そこで、右にみたワラント取引の危険性、原告X1の年齢、職業、財産状態、投資経験等に照らし、本件ワラント取引に関するDの原告X1に対する説明義務の具体的内容について考察するに、Dは、証券会社の担当者として本件ワラント取引を原告X1に勧誘するに当たり、少なくともワラント価格が同銘柄の株価の変動率と比較して数倍の変動が生じるというハイリスク・ハイリターン性を有すること及び権利行使期間が定められていてこれを経過するとワラントは無価値となることを、原告X1が以前に行ってきた株式の現物取引や信用取引との差異を踏まえ、原告X1が十分理解できるように説明する義務を負っており、高齢で、中華料理店の経営を主な経歴とし、証券取引に精通しているわけでもない原告X1に対し、ワラントの概要を説明するのみでは不十分であったというべきである。

しかしながら、Dは、原告X1に対し、既に認定したとおり、ワラントの概要を説明したにとどまり、ワラントの価格変動の特性、権利行使期間を経過したときの効果等その基本的部分に関する十分な説明を怠ったものである。

また、Dが、原告X1との本件ワラント取引を開始するに当たって、自主規制とはいえ、日本証券業協会の会員に対しその遵守が義務付けられていた取引説明書の事前交付及び確認書の徴求を怠っていることも併せてみれば、Dの勧誘は、証券会社の担当者が行うものとして相当性を欠き、私法秩序に照らして違法なものといわなければならず、Dには、右の説明義務を怠った点で過失がある。

(2) 虚偽表示、誤解を生じせしめるべき行為について

Dが原告X1に対し、虚偽の表示や誤解を生じせしめるべき表示を行ったことを認めるに足りる証拠はない。原告X1がワラントの権利行使期限を債券の償還期限であるとの過った認識を有するに至ったのは、右(1)に説示したとおり、Dが説明義務を尽くしていなかったことによるものであり、Dが積極的に虚偽の表示等を行った結果ではないものというべきである。

(3) 断定的判断の提供について

前掲甲第二号証及び原告X1本人尋問の結果中には、Dは、原告X1に対し、自分に任せてもらえば必ず儲けさせると述べ、Eは、原告X1に対し、雪印乳業は誠美グループの仕手が入っているから超短期で利が出る、鈴木自動車はPERが低いから間違いなく値上がりする、ユニーは新発ものだからしばらく持っていれば倍以上になるなどと述べ、それぞれ取引を勧誘したとする供述部分があるが、右供述部分は、証人D及び同Eの反対趣旨の証言に照らし、これを採用することはできない。

そして、他に、D及びEが原告X1に対し、ワラントの価格が確実に上昇するなどその価格自体の推移予想を断定的に述べたことを認めるに足りる証拠はない。

(4) 適合性の原則違反について

原告X1は、飲食店を経営していて生活に困ることはなく、本件ワラント取引の開始以前に行っていた証券取引により約四〇〇〇万円の運用資金を有し、その運用資金を本件ワラント取引に投入していたのであるから、原告X1の財産状況は本件ワラント取引のリスクに耐えうるものであったということができる。

また、原告X1は、被告が日本一の証券会社であり、そのような証券会社と一介の中華料理店の店主である自分が取引できることを誇りに思い、被告の担当者の推奨するままに取引を重ねていたとはいえ、過去一三年間にわたり寿証券株式会社との間で信用取引のようなハイリスク性を有する取引を含む証券取引の経験を有していたのであるから、原告X1に対する被告の勧誘行為自体が直ちに適合性の原則に違反し、不法行為を構成するものということはできない。

(5) 一任売買、過当売買について

一任売買は、本件ワラント取引当時、通達及び自主規制により原則禁止とされていた(自粛通達を受け「証券従業員に関する規則」で自主規制されていた。なお、一任勘定取引の禁止は、平成三年一〇月、証券取引法五〇条一項三号に明文化された。)が、法律上一任勘定取引自体は禁止されておらず、また、一任勘定取引を行う場合の過当売買については、本件ワラント取引当時の証券取引法一二七条及び一任勘定規則が、投資家を保護するため、一任勘定取引に伴いがちな過当売買を禁止していた。

しかし、原告X1がD及びEに対し証券取引を一任した事実を認めるに足りる証拠はない。また、既に認定したとおり、D及びEは各ワラントの取引ごとに原告X1の了承を得ているから、原告X1がD及びEの勧誘するところに従って証券取引を行っていたとしても、本件ワラント取引についてD及びEが原告X1の勘定を支配するような実質的な一任勘定取引であったということはできない。また、本件ワラント取引が一任勘定取引といえない以上、その取引が過当売買であって違法であるとする原告X1の主張も失当である。

(二)  原告X2について

(1) 説明義務違反について

前記認定のとおり、ワラントは、当時国内で取引が開始されて間もないものであって、周知度が低く、その特殊性により、取引には相当の危険が伴うものであった。

そして、原告X2の年齢及び職業等についてみるに、原告X2は、大正○年生まれで、被告におけるワラント取引開始当時は六四歳であり、衣料品会社の経営を他に譲った後はその保有する不動産の賃貸を業とし、年金と賃料収入で老後を過ごしているという生活状況にあった。

次に、原告X2の投資経験についてみると、原告X2は、昭和五五年ころから中期国債ファンド、割引債、金預金、転換社債、株式等の証券取引を繰り返していたものであり、被告とのワラント取引開始の一年前には国際証券株式会社との間でワラント取引を開始していたが、経済紙を購読することもなく、証券取引に関する知識は必ずしも十分とはいえないものであった。

そこで、ワラント取引の危険性、原告X2の年齢、職業、投資経験等に照らし、本件ワラント取引に関するFの原告X2に対する説明義務の具体的内容について考察するに、Fは、証券会社の担当者として本件ワラント取引を原告X2に勧誘するに当たり、少なくともワラント価格が同銘柄の株価の変動率と比較して数倍の変動が生じるというハイリスク・ハイリターン性を有すること及び権利行使期間が定められていてこれを経過するとワラントは無価値となることを説明することが不可欠であり、ワラントの投資効率の有利性等を強調することに偏ることなく、原告X2がワラントについて十分理解できるように説明する義務を負っており、高齢で、ワラント取引の経験があるとはいえ、証券取引に関する知識が不足していた原告X2に対し、ワラントの概要を説明するのみでは不十分であったというべきである。

しかしながら、Fは、原告X2に対し、既に認定したとおり、Dの原告X2に対する説明の場合と同様、ワラントの概要を説明したにとどまり、ワラントの価格変動の特性についてワラントの価格が株式の価格の変動に影響される程度の説明に終わり、権利行使期間を経過したときの効果についての説明も不十分であり、ワラントのハイリターン性を一方的に強調するもので、原告X2がワラントが権利行使期限を経過すると無価値となるハイリスクを伴う商品であることを理解しないまま、本件ワラント取引を開始させたものである。

また、Fは、原告X2との本件ワラント取引を開始するに当たって、被告と原告X1との取引開始時と同様、取引説明書の事前交付及び確認書の徴求を怠っていることも併せてみれば、Fの勧誘は証券会社の担当者が行う勧誘として相当性を欠き、私法秩序に照らして違法なものといわなければならず、Fには、右の説明義務を怠った点で過失がある。

(2) 虚偽表示、誤解を生じせしめるべき行為について

前掲甲第三号証及び原告X2本人尋問の結果中には、Fが原告X2に対しワラントは絶対儲かる商品で、大口の取引客だけに紹介している特別のサービスの商品であると述べて取引を勧誘したとする部分があるが、証人Fの反対趣旨の証言に照らし、これを採用することはできない。

そして、他に、Fが原告X2に対し、虚偽の表示や誤解を生ぜしめるべき表示を行ったことを認めるに足りる証拠はない。

原告X2がワラントが権利行使期限を経過すると無価値となることを理解しえなかったのは、前記(1)に説示したとおり、Fが説明義務を尽くしていなかったことによるものであり、Fが積極的に虚偽の表示等を行った結果ではないものというべきである。

(3) 断定的判断の提供について

右(2)と同じく、Fが、原告X2に対し、断定的判断を提供したことを認めるに足りる証拠はない。したがって、Fが、原告X2に対し、ワラントの価格が確実に上昇するなどその価格自体の推移予想を断定的に述べたと認めることはできない。

(4) 適合性の原則違反について

原告X2は、その妻の分と併せ約四四〇万円の年金収入と年間約一四〇〇万円の賃料収入があり、住宅金融公庫への年間約六〇〇万円の借金の返済を考慮しても、生活のために十分といえる収入が確保されている状況であって、その収入額と本件ワラント取引への投資額を対比すれば、その余剰資金を証券取引に投資していたといいうるのであるから、原告X2の財産状況は本件ワラント取引のリスクに耐えうるものであったということができる。

また、原告X2は、被告の担当者の推奨するままに取引を重ねていたとはいえ、過去には一億円以上の売上げを有する衣料品会社の経営者であったこともあり、本件ワラント取引開始前に約一〇年間にわたる外国証券の取引を含む証券取引の経験を有し、平成元年からは国際証券との間で既にワラント取引を行っていたのであるから、原告X2に対する被告の勧誘行為自体が直ちに適合性の原則に違反し、不法行為を構成するものということはできない。

(5) 一任売買、過当売買について

原告X2がFに対し証券取引を一任した事実を認めるに足りる証拠はない。また、既に認定したとおり、Fは各ワラントの取引ごとに原告X2の了承を得ているから、原告X2がFの勧誘するところに従って証券取引を行っていたとしても、本件ワラント取引についてFが原告X2の勘定を支配するような実質的な一任勘定取引であったということはできない。

更に、本件ワラント取引が一任勘定取引といえない以上、その取引が過当売買であって違法であるとする原告X2の主張も失当である。

3  以上によれば、Dの原告X1に対する勧誘行為及びFの原告X2に対する勧誘行為は、説明義務違反の点で不法行為を構成し、原告X1及び同X2は、右の違法な各勧誘行為によって、その後被告との間で本件ワラント取引を継続して行うこととなり、その結果、後記五の損害を被ったものであるから、右損害と右各勧誘行為との間には相当因果関係が存在するものというべきである。

したがって、D及びFの使用者である被告は、民法七一五条一項により、右の違法な勧誘によって原告らが被った損害を賠償する責任を負うものというべきである。

五  原告らの損害

1  前記認定の事実によれば、原告X1は、被告とのワラント取引によって四三一一万八九九二円の損害を被り、原告X2は、被告とのワラント取引によって一四三二万一三六六円の損害を被ったことが認められる。

2  しかしながら、原告らは、被告の担当者から概括的であるとはいえワラントの特質についての一応の説明を受けていたものであり、原告らとしても自ら理解するための努力を払っていればワラントの特質と危険性について相当程度の知識が得られたはずであったのに、多額の資金を投資することとなるワラントという商品の仕組みについて何ら関心をよせることなく、取引関係書類の記載事項についてさえ注意を払わなかったため、権利行使期限のような基本的な事項の意味についても理解しえなかったのであり、その後も被告の担当者らの勧誘するままに漫然とワラント取引を継続したものであるから、原告らにも右損害の発生について少なからぬ落度がある。

そして、原告X1は、投資資金こそ多額であるもののその収入は少なく、被告を日本一の証券会社として盲目的に信用し、被告の担当者らの強引な勧誘もあって、主体的な判断能力を欠いたまま取引を継続するほかなかったことに同情すべき点もあるが、原告X2は、被告とのワラント取引の開始に先立ち、平成元年七月から国際証券株式会社とのワラント取引を開始しており、しかも、平成二年五月末ころには同会社との取引によって損失を被ったことがあったにもかかわらず、ワラントについて依然理解しようとしないまま、被告とのワラント取引を継続したものであり、原告X2には右損害発生についてより大きな落度があるというべきである。

これに対し、D及びFは、右のとおり、原告らに対し、概括的であるとはいえ、ワラントの特質についての一応の説明をしたものであり、その説明が不十分であったが故に説明義務違反の違法が指摘されるところではあるが、その過失の程度はさほど大きいものとはいえず、その他に被告の担当者らに過失が認められないことは、既に認定したとおりである。

また、原告らが購入したワラントのうち、多くのものの時価が買付け後低迷した直接の原因がいわゆるバブル経済の崩壊現象にあることは公知の事実であり、その部分については、原告らが自己の責任において負担すべきものである。

そして、原告X1、同X2の右落度、D及びFの説明義務違反の程度、取引の経緯、本件取引当時の証券市場の状況等を考慮すると、過失相殺として、原告X1の損害については右1の損害の七割を、原告X2の損害については右1の損害の八割を、それぞれ減額するのが相当であるというべきであるから、被告の負担に帰すべき損害額は、原告X1が一二九三万五六九七円、原告X2が二八六万四二七三円ということになる(円未満切り捨て)。

3  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、右2の被告の負担に帰すべき損害額等に照らすと、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、原告X1につき一〇〇万円、原告X2につき三〇万円と認めるのが相当である。

六  以上によれば、原告X1の本訴請求は、右五の2の被告の負担に帰すべき損害額と同3の弁護士費用の合計額である一三九三万五六九七円及びこれに対する最後の損害発生の日である平成三年四月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、原告X2の本訴請求は、右五の2の被告の負担に帰すべき損害額と同3の弁護士費用の合計額である三一六万四二七三円及びこれに対する最後の損害発生の日である平成二年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においてそれぞれ理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷禎男 裁判官 榊原信次 裁判官 中辻雄一朗)

当事者目録

名古屋市<以下省略>

原告 X1

名古屋市<以下省略>

原告 X2

右両名訴訟代理人弁護士 浅井岩根

同 秋田光治

同 井口浩治

同 今村憲治

同 太田勇

同 小川淳

同 奥村哲司

同 織田幸二

同 角谷晴重

同 北村明美

同 纐纈和義

同 柴田義朗

同 清水誠治

同 新海聡

同 杉浦英樹

同 鈴木良明

同 高柳元

同 柘植直也

同 福井悦子

同 福島啓氏

同 松川正紀

東京都中央区<以下省略>

被告 野村證券株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 川村和夫

同 太田千絵

<以下省略>

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